ジュネーブ

 8月4日(土)
朝食を済ませてすぐにチェックアウトしてから、駅に行ってジュネーブ行きの列車に乗る。
考えてみれば、昨日ジュネーブに来た時にホテルを見つけておけば、ザック背負ってホテル探しなどしなくて済む筈だが、まあ仕方がない。 今日、ジュネーブで泊まるなんてことはその日の朝になってみなけりゃ分からない。 どう気分が変わるか分からないからね。
 ジュネーブはレマン湖の西端にあり、街は、ローヌ川で北と南の二つに分断されている。 中央駅があるのは川の北側で、駅から湖側に出ると多くの高級ホテルや色んな会社のオフィスがひしめき合っている。 一方、この川を渡るとそこは旧市街。 当然、旧市街の方に渡ってホテル探しをしようと思っていたが、何気なく駅の裏側に出て気が変わった。 湖側とは随分雰囲気が違う。 なんて言うか、これまで見てきたスイスのイメージとはちょっと違う、雑然とした感じがする。
 駅のフランス側の端っこにあたる辺り、駅の裏通りを渡った所の角にHotelの文字。
直感でこれは安そうと思って訪ねてみた。 値段交渉をするとFr15だと言う。 これはちょうどいい。
案内された部屋はちょっと狭く、中もこれ迄ほど清潔な感じではないが、窓の斜め下、目の前に中央駅が見えて列車が手に取るように見える。 

 「早速出掛けるか。」
聖ピエール大聖堂

も一度駅に戻って、駅の中を抜けて湖側に出ると、駅前の広い通りがモンブラン通り。
この通りを真っ直ぐ行くと湖に出られる。 このままローヌ川に架かるモンブラン橋を渡れば旧市街に入れるが、その前に左折して湖畔を少し歩くと遊覧船の桟橋がある。 ユーレイルパスを使えば無料か割引があったと思うが、この曇り空じゃあ遊覧船に乗るメリットは無い。 引き返してモンブラン橋をやり過ごして、一つ奥に架かるベルグ橋を渡る。 この橋の中間部にちょっと突き出した感じで小さな島があるが、これがルソー島と言う。 別にこれと言った物でも無いけど、この島には島の名前の由来となったジャン・ジャック・ルソーの像がある。 劣等生の僕でもこの名前くらいは知っているが、一応、敬意を込めて彼の像を拝見してから橋を渡りきり、左に曲がって川沿いに湖の方に歩くとイギリス公園がある。 ルソー島といい、この公園といい、別にわざわざ訪れる動機らしいものは無いのだけれど、何故かガイドブックで見たこれらの写真が気になって出掛けてみた。 公園には花時計があって、おや、神戸の三宮にある花時計と同じやなあ・・・・・公園から湖畔の道路に出ると、ちょうどジェット・ドー(大噴水)が水を噴き上げている所だった。 話には聞いていたが、流石に迫力がある。 

 も一度、公園を横切ってポール広場に出て、この道をそのまま南に下ると聖ピエール大聖堂に行き当たる。 尖塔を見ているとパリのノートルダムやベルンのミュンスターと違いは分からないけど、中に入ってみるとこの教会はあっさりしたもんだ。 もともとは、この教会もローザンヌの大聖堂と同じでカトリック教会として建てられたが、宗教改革によってプロテスタントに改宗したらしい。 あのカルヴィン・ルターがここで長らく布教活動をした事でも有名な教会。 まあ、僕にとってそんな事はどうでもいい。 教会を出た後、市庁舎、旧兵器庫を巡り、バスチオン公園で休憩してから、旧市街の中を散策。

 ジュネーブと言えば世界の色んな機関、機構、組織の本部が置かれている事でも有名だね。
それに何てたって、国際連盟の本部が置かれ、現在でも国際連合の本部がニューヨークと並んで置かれている。 欧州のこんな中央部の辺鄙は場所にこれらの本部が置かれる理由、それは何と言ってもこの国が永世中立国だからだろう。 
 この永世中立を貫くためにこの国が払っている犠牲と努力の片鱗を、この旅で僕はほんの少しだけ見たように思う。 そして、その代償としてこの地に多くの国際本部が置かれている。 この事実はどれほど大きな軍備を持つ事よりある意味で、大きな国防要素になると思う。 この国の国民皆兵制も軍備も、ある意味では実際に国土や国民を守る為にあると言うより、ひょっとしたらこれら各種の国際本部の継続的な存続を目的にしているのかも知れない。 それがアメリカやロシアの核以上に強力な抑止力になる事を彼らは知っている筈だ。 言い換えれば、国民皆兵制も軍事力も、その為のパフォーマンスでは・・・・・と思ったりする。
 
 夕方、食事はどうしようと思いながら、ホテルの近くを歩いているとケバブ屋を見つけた。
そうそう、そう言えばモンマルトルのケバブスタンドで食ったケバブは安くて美味かった。 早速、これとコーラを買って公園で夕食。 それにしても、このホテル界隈は線路の向こうと雰囲気が全然違う。 でも、スイスのこれまでの綺麗で整然とした雰囲気をずっと見てきた目には、この雑然さが何とも新鮮?に写る。 
 やがて陽が落ちる頃、やっとホテルに帰ると、ホテルの一階のレストランバーに人が一杯入っていて、ワイワイガヤガヤと、チェックインした時とえらい違いだ。 部屋に帰ってもこの喧噪は聞こえてくる。 ところが、この煩さがちっとも気にならない・・・・・どころか、随分心地よく感じる。 歩き疲れて椅子に座ったは良いが、忘れていた。 明日乗る予定のTEEレマノの発車時間を調べてない。 折角登ってきた階段を再び降り、道路向かいの中央駅まで出掛け、レマノの時間を調べる。 「13:20発か。」 ミラノに着くのはもう夕方になるなあ、これだったら早朝発の列車で発てば昼過ぎにはミラノに着けるが・・・・・でもやっぱりレマノに乗りたい。

ジェット・ドー ルソー島 遊覧船と聖ピエール大聖堂

 昨夜聞いたあのざわめきで目が覚めた。
どうやらと言うか、当たり前の話だけど、食事時になると下のレストランは混雑するようだ。
下に降りて、落ち着きのないと言うか、活気のあるというか、そんなホテルのレストランで朝食にする。 簡単なサンドイッチにコカ・コーラ。 見ていると色んな人種でごった返している。 中東の人間が多そうだ。
 列車は昼過ぎなので、食後、そのまま何も持たずにぶらりと街中へ歩き出した。
今日は湖とは反対方向を散策してみる。 昨日歩いた街並みとは違った、あか抜けしてない街並みを、今日は迷わないように気を付けてぶらぶらと歩き回る。   
TEE レマノ号


 昼前にホテルをチェックアウトして中央駅に入った。
まだまだ時間があるが、レマノ号はル・ミストラルと共にぜひ乗りたかった列車なので、心臓が今からドキドキしている。 ホームで列車の入線を待っていると、僕のようにキスリングに寝袋をしょった日本人が僕に近づいて来た。 
 「今日は」と挨拶してきた。
 「今日は。 今日は良い天気になりましたね。」
 「どちらへ行かれるんですか?」
 「ミラノやけど、そちらは何処行くんですか?」
 「僕はツェルマットへ行ってみようかと思ってますけど。」
話が始まって、僕はもうツエルマットへ行ってきたので、その話をしながら時間を潰した。
 12:30過ぎ、轟音と共にミラノからのレマノ号がホームに入ってきた。
この列車は今朝、ミラノを出て昼にジュネーブに入り、再び昼過ぎにジュネーブを発ってミラノに帰る。
TEEは基本的に、その日の内に目的地を往復するダイヤが組まれている。 だから、始発は早朝で帰り便は昼過ぎから3時くらいまでの間といった感覚で僕は捉えている。 これを元にすれば、時刻表など無くてもTEE路線についてはある程度の旅程が立てられる。
 所で、TEEは全席指定になっているんだけど、予約は取っていない。 聞いてみると、知り合った日本人も予約していないと言う。 彼は日本からジュネーブに着いたばかりで、やはりユーレイルパスは持っていたが、まだ使った事が無いという。 それどころか、TEEは全席指定って事も知らなかった。 パリの時のように、駅員を捜してユーレイルパスを見せ、これにミラノまで乗りたいと告げると、あの時と同じだ。 紙切れに殴り書きで車両番号と座席番号を書いてくれた。 さあて、いよいよ乗車や。

 車内はラルバレートと似ているが、こっちの方がセンスはいい。
車両を繋いでいる連結部の扉は総ガラスで自動。 コンパートメントは各室独自にエアコンやスピーカーの調節が出来、窓はラルバレートと同じように二重窓で、窓と窓の間にはブラインドがあって、電動で開閉やブラインドの羽根の角度調整が自在に出来る。 シートは勿論、リクライニングでベッドにも出来る。
 あの駅員さん、ちゃんと僕らを同じコンパートメントにしてくれて、席は窓際の向かい合わせにしてくれていた。 どうやら、このコンパートメントに乗るのは僕らだけらしい。

 列車は13:20、静かに、本当に静かに音も立てずにゆっくり動き出した。
まず、ローザンヌに停車。 ああ、懐かしい・・・・・降りたいなあっていう衝動を抑え、列車は再びレマン湖畔を滑るように走り出した。 シヨン城に近づいた時、僕は彼を促して廊下に出た。 「何だろう?」と思ったか思わなかったか、湖を見ている彼に「シヨン城やで。」と教えてやる。
「あっ、カレンダーなんかで見たことあるよ。 レマン湖にあったんだ。」 と彼。
 モントルーを過ぎると(レマノは停まらないが)、ブリークまで一気に走り抜ける。
数日前走ってきたのと同じコースを逆に走る訳だ。 この路線は実はブリークまでローヌ川を遡るように走っている。 ローヌ川と言えばジュネーブで、この川に架かる橋を渡った事を書いたが、この川、実はスイス南部のアルプス群を源としてブリークでアーレ川と別れ、一方はレマン湖に注ぐ。 この後、レマン湖の西端、ジュネーブからフランスに入りリヨンでソーヌ川と出会い、そのまま地中海へと注ぐ。
 マルティニで大きく左に曲がり込んだ後、ベルナー・アルプスを左手遠くに見ながらローヌ川沿いに列車は走る。 右にBVZの線路が見えるとブリークはすぐだ。 荷物を背中にしょって、さっき知り合った彼は下車の準備をする。 「また、ご縁があったらお会いしましょうね。 良い旅を。」と行って軽やかに列車から降りていった。 代わりに、多くの白人さんが乗車してきた。 僕のコンパートメントにはイタリア人らしき夫婦と、何人か分からない白人の若者が乗ってきた。 下車したあの日本人は列車が動き出すと、僕に向かって手を振ってくれている。 窓が開かないので、そのまま僕も手を振る。
 
さあ、これからレマノはシンプロン峠を越えてイタリアに入っていく。