レマン湖畔(ローザンヌ〜ジュネーブ)

ローザンヌ

 今日も5時に目覚め、村から山道を散歩した後7時にレストランで朝食。
高校に入ってからの日々の生活もそうだけど、朝ちょっとした運動の後の食事はとても美味く感じるね。 まして知らない土地での朝食は、何気ないパン一切れ、紅茶一杯も清涼感を伴って随分美味く感じる。 4コあるパンの内、今日の昼食用に、2コを小さなバターとジャムの袋と一緒にナプキンでくるんだ。 横を通りかかったホテルのおじさんが僕の方をチラッと見たので「まずいかなあ・・・・」とちょっと心配したが、程なくしてそのおじさんがクロワッサンを2個とバター、ジャムを持ってきてくれた。 何も言わず席から離れていくおじさんの背中が「あんさん、そんだけじゃあ腹減るよ。」って言ってるような気がしたな。
 さて、今日はどこへ行こうか。
実はベルンを出るとき、次に行く場所で少しだけ迷いがあった。 今回の旅ではスイス東部に興味は無かったが、丁度中央部にあるルツェルンに未練があった。 この街のロイス川にかかるカペル橋はぜひ渡ってみたかったからだ。 回廊風のこの橋に何故惹かれたのかは自分でも解らないが、あのグリンデルワルト教会やベルンの時計塔、噴水同様に行ってみたい場所の一つでもあった。 一方、もう一つ、ぜひ行きたかった所がある。 レマン湖畔に浮かぶシヨン城。
 まあどっちでもいい。
取り敢えずチェックアウトして、ブリーク行きの山岳列車に乗り、車内で考えることにしよう。
真っ赤な色のBVZ車両は、数日前に乗ったBOB車両に比べてそう乗り心地が良いものではない。 ガタゴトと揺られながらこれからの行き先を考えていると、隣に座っていたおっさんが話しかけてきた。 旅行者ではなく、通勤客だろうか? お決まりの「どっから来た」から始まって、これからルツェルンに行こうかレマン湖畔に行こうか迷っているというようなことを、身振り手振り、持っているノートに地図まで書いてそのおっさんに話してみると、そのおっさんは絶対にレマン湖畔がいいと言う。 特にローザンヌがいいと言っている様子・・・・・そりゃあ、ローザンヌは僕も興味があったよ。 だって、名前がいいし、近くにシヨン城がある。 よし、ではローザンヌに決めよう。

 11時26分発のジュネーブ行きに乗車。
車窓からのシヨン城

ツェルマットはスイスの州で言うとヴァリスと言う、イタリアと国境を接する州にあり、マッターホルンはまさにその国境線上にある。 列車はこの国境よりやや内側をシオン、マルティニと言った街を通過して、今度はフランスとの国境内側をレマン湖方面に向かう。 レマン湖が見えて最初に停車する駅がモントルー。 ここからはローザンヌ、ジュネーブまで湖沿いに走るが、僕はローザンヌで下車する。 
 のんびりと、移りゆく車窓を眺めていると、時々「おや」っと思う時がある。
綺麗な山岳風景の中、時折、カモフラージュされた陸軍や空軍の基地が見え隠れする。
巧妙に隠された野砲の陣地だったり、比較的小さな格納庫の中にみえる戦闘機(ミラージュ)だったりとこのような小さな施設が点在する。 そう言えば、列車の中や駅などで訓練の帰りか行きか、民兵のような姿を何度か目にした。 機関銃を携帯したまんま平気で列車に乗ってくる姿は、一般の日本人には想像しがたい光景かも知れない。 
 とは言え、この国は国民皆兵制の国だ。
平時は僅か4千名足らずの職業軍人しかいないにも拘わらず、一朝時あれば40万人近く(2002年時点で)の軍事力を迅速に確保展開出来る。 海軍こそ持たないものの、保有する空陸部隊の装備は国のサイズから考えれば相当強力と言わざるを得ない。 それに、各民家の地下には食料や色んな貯蔵品の他、銃器弾薬もしっかり保管されていると言うから、表目の美しさとは裏腹に、国土防衛に対するその決意、意志の堅さに驚かされる。 彼らの言う永世中立が、どっかの平和ボケした経済大国の一部の人達が言う平和感覚とおおよそかけ離れたものであることが実感として湧いてくる。 仮にも一国を、どことも同盟せず(国連に加盟する事を決議したのは、この旅行記を書いている2002年の事だ。)中立を保つにはどれだけの決意と犠牲が必要か、目前の姿が物語っている。

 今にも降り出しそうな曇天の中、思ったより小さなローザンヌ駅に到着した。
まずは宿探しのため何軒かのホテルを回ったが、Fr32、Fr45、Fr35と何処も決して安くはない。 最悪はユースホステルかとも思ったが、試しに湖の方で探してみるとありました。 大きな木々に囲まれた瀟洒なホテルで朝食付きFr22・・・・の所を値切ってFr20。 部屋はとっても広く、どでかい窓があってその窓の外は庭になっている。 ベッドはここもどでかいダブルベッドだ。 シングル部屋だと言うのにパリとベルン以外の宿のベッドはどこも細長い枕に大きなベッド・・・・・まるでアメリカ映画に出てくるようなベッドやなあ。
 4時丁度に外へ飛び出したが、途端に雨が降ってきて、雷まで鳴り出した。
慌ててホテルに戻ると、さっきチェックインした時にカウンターにいたおかみさんが「嫌な雨だよ」みたいな事を言いながら、傘を持ってきてくれた。 すぐ出ようとすると、雷が止むまでよした方がいいと言ってるんだろうか、待ってなさいという身振り。 雷は10分程で止み、さあ、街の探検に出発。
 まずは鉄道を横切って、山手??の方に向かって歩いて行く。
サン・フランソワ広場に出てからぶらぶらと気の向くままに坂を登って行くと、大聖堂に行き着いた。 ゴシック建築の筈だけど、パリのノートルダムやベルンのミュンスターとは少し雰囲気が違う。 元々はカトリックの聖堂だったものが、プロテスタントに引き継がれて今の姿になったと聞く。 それにしても、こっちの古い教会は何処も工事ばかりやっているような気がする。 テラスでローザンヌの街並みを眺めてから、旧市街の散策をしていると、なんだかベルンが懐かしくなってきた。 懐かしくと言っても、ほんの数日前にいた筈なのに、ベルンを訪れたのが遠い昔のように思えてくる。
 本屋に入ったりスーパーに入ったり、観光とはおおよそ無縁な事をしながら、この街の住人になったつもりでぶらぶら、行く先も定めず気ままに街中を歩きまわる。 こうしている時が一番楽しい。 あんまり気ままに歩き回ったせいか、自分が何処にいるのかさっぱり解らなくなった。 道を聞いてもどうせ言葉が分からないので、歩いてる人に「レマン湖はどっち?」って聞く。 後は指さす方向に進むだけ。 随分、とんでもない奥の方に来ていたようで鉄道線路に出るのに時間がかかった。 帰りに、駅の横にあるスタンドでサンドイッチを買った。 今夜の食事はこのサンドイッチに、街中のスーパーで買った桃2個。 ホテルに着いたのを待ってたかのように雷が再び鳴り出した。 まあ、偶にはこんな天気も味があって、ええんでないかい。
 8時頃、教会の鐘の音がどこからとなく聞こえて来た後、パンパンドンドンと音がし出した。
何かなあと思って窓のカーテンを開けると、花火のようだ。 雷鳴ったり花火が上がったり・・・・何とまあ騒がしいこった。 翌日、朝食を取っている時、おかみさんに教えてもらったんだけど、どうやらこの日は建国記念日だったようだ。
 
シヨン城

 いつものように5時に起きたが、外を見ると今日も曇天のようなので、そのまま再び寝込んでしまい、起きたのは9時。 ちょっと遅めの朝食の後、カメラを持って駅に向かって歩き出す。 ホームでモントルー方面の列車を待っていると2人の日本人旅行者と出会った。 二人ともキスリング・ザックに寝袋を担いでいる。 お互い挨拶をしあって話し出してみると、彼らはこれからツェルマットへ向かうと言うので、持っていたJTBのガイドブックを彼らにあげてしまった。 スイスのガイドブックはもう用がない。
 一緒に列車に乗りいろいろ話し込んでいると、うっかり下車しないといけない筈のテリテって駅を乗り越してしまった。 仕方ないので次に止まった小さな駅で下車し、駅から出てみると小さな道が湖畔に沿ってついている。 駅からその湖畔の道に出て、さあ・・・・と左の方を見るとシヨン城が見えるじゃないか。 「おかしいなあ」、ガイドブックだと最寄りの駅はテリテとなっていたが、ガイドブックの通りに降りていたら、大分城から離れてしまう事になる。 
 曇天のせいで、城のバックに見える筈のアルプス群がまったく見えない。
仕方無い。 城に向かって歩いてると、なんだかこの城が今の姿になった13世紀にタイムスリップしたような錯覚をする。 この辺りはローマ時代から北や西との連絡の要所だったとかで、この城が建つ前はローマ帝国の連絡所があったとか無かったとか。 建物の古い部分は9世紀まで遡ると謂う。 
 入場料Fr2を支払って場内に入る。
中は意外に薄暗くて、階段も狭い。 中に入ってまず目に飛び込んできたのが口径6〜7cmの木砲だ。 木製の砲身なので強度を確保するために、砲身の何カ所かに補強を入れてある。 これで何発位撃てるんやろか? 場内を見て回っていると、ウイリアム・テルにでもなったような気がしてくる。 幸い、観光客も殆どいなくてのんびりタイムスリップの旅を味わえる。 この城には、宗教改革の時代にその推進者を幽閉したという歴史があり、後年、この城を訪れた詩人バイロンが「シヨンの囚人」というのをしたためて、この城が有名になったらしい。 城に幽閉されていた宗教改革推進者が繋がれていた石柱にこのバイロンの落書きが残っている。 
  それまで静かだった城内が急に騒がしくなった。
おやおや、同胞の団体客が到着したようで、まあ皆さん精力的に城内を駆けめぐり、ワイワイ言いながら嵐のように去って行った。 この雰囲気は独特やね、と思う。 

 写真を撮って欲しいと頼まれたのがきっかけで、二人の旅行者と知り合った。 彼女たちはチューリッヒからの観光客らしかったが、それをきっかけに城内を一緒に見て回ることになる。 お昼になって、さて昼食をどうしようか。 なんせ、近くには店など無いし、レストランも見当たらない・・・・と、流石彼女達だ、しっかりサンドイッチを持ってきてて、良かったらどうぞと言うことで、この写真を撮った後、湖畔で無事昼食にありつく事が出来た。
 この後、彼女たちはモントルーのホテルまで湖畔を歩いて帰ると言うので、僕も一緒に歩く事にした。 約40分は歩いたろうか、何やかやと話しながらモントルーに到着すると彼女達と別れ、列車でローザンヌへ向かった。 湖畔を歩いてる頃から陽が差していたが、温かい陽の光が車内に挿してきて僕はうとうとといい気分になってそのまんま居眠りしてしまったようだ。 
 誰かが僕の肩を軽く叩いている。 ハッと目が覚めると、僕の肩を叩いて起こしてくれたのだろう、若い女性が窓の外を指指している。 その指先を見るとジュネーブの文字。 幸い、ユーレイルパスなので、何処まで乗ろうが運賃を支払う必要は無い。 折角ジュネーブまで来てしまったんだ、そのまま帰るのも勿体ないので、彼女に礼を言った後、駅の外に出てレマン湖まで出てみた。 毎度の事で、その後は街中を宛てなくぶらついてからローザンヌに戻る。

 「今日はどうするかなあ」
いつものように5時に目が覚めたが、今日も天気はイマイチのようだ。
そのままうとうとして7時過ぎにようようベッドから起きだし、服を来てからレストランへ行く。
何種類かのパンとバターにジャム、おやおや、今日はゆで卵が付いている。 飲み物は紅茶。 
目覚めた時にふと思った事をもいちど検討してみる。 本当ならジュネーブへ行ってからパリに戻り、パリからTEEの「ル・ミストラル」でマルセイユに行って、そこからは「リギュール」でミラノに出るつもりでいたが、一方、スイス〜オーストリアを縦断してウイーンに行き、ザルツブルグ経由でイタリアに入るのも面白そうだ。 そんな案が昨夜ふと頭に浮かんだ。
 でも、なぜだかこの街が気に入ってしまい、もう一日、のんびりしたい気持ちが強かった。 食事の後、結局チェックアウトは止めて、カメラを持って曇り空の街中へ出る事にした。 駅前に差し掛かった所で日本人の団体さんがバスから降りているのとぶつかった。 「こんにちは」と何気なく挨拶したが、誰も挨拶を返してくれない、どころか、完全に無視されてしまった。 話している言葉は日本語のようだけど・・・・どうやら。ロータリークラブの団体のようだ。 まあ、こんな体験は何度かしている。 不思議な事に、団体で行動している人達に声を掛けても無視されるか、迷惑そうな顔をされる事が多かった。 多分、みんなについてくのに必死で、挨拶なんざする余裕が無いのだろうと思うようになっていた。 まあ、偏見かも知れないけど、不思議とそういった態度を取られる事が多かった。 個人旅行者同士だと、気軽に挨拶しあって話し込む事だってあるのに・・・・・・気にしない気にしない。
 今日もシヨン城を見たいと駅に入り、鈍行列車を待っていると「すみません、日本の方ですよね。」と声を掛けられた。 振り返ると、20代位の若い女性と中年のおばさんが立っている。
「はい、そうですけど。」 
「あのー、シヨン城へ行くにはどの電車に乗ればいいんでしょうか?」
「モントルー方面へ行く鈍行に乗ったら行けるけど、僕も行くから一緒に行きますか?」
 聞けば、この二人は親子だそうで、旦那の仕事について一緒に欧州にやってきてて、旦那が仕事中、彼女達は二人で観光しているのだそうだ。 なんとええ身分なこった。 城に着いたが、僕は2回も入る余裕は無いので二人と別れようとすると、お礼に入場券を買ってくれた。 結局、一緒に城に入って中を見てまわり、再びローザンヌの駅の前で別れた。 まさか、あのロータリーの・・・・・では無いよなあ。

 夜までぶらぶらと気ままにローザンヌの街中や郊外を散歩して一日を潰す。
わざわざスイスくんだりまで来て、住宅街やスーパーマーケット、本屋なんかをぶらぶらしなくてもとも思うが、僕はこんな何でも無い時間が大好きだ。 住宅街を歩いていると、その土地の人達の何でもない姿に出会えるし、道端で子供が遊んでいると、どんな事して遊んでるのか見てるのも楽しい。 スーパーマーケットへ行けば土産物屋では見られない色んな物が見えるし、本屋ではマガジンや旅行案内書なんかを見るのも楽しい。 
 淡路島に観光で来る人から観光名所について時々尋ねられる事があった。 「どっか見る所ある?」
そうそう、よく聞く言葉に「○×△□は見るべきやね。」ってのがある。 どうも僕は昔からこの言葉が好きではない。 なんて言うかな、なんだか底が浅い感じがしてね。 ただそこへ行ったと言う記念を残すためだけにそこへ出掛けるイメージかな。 
 確かに、どこそこへ行けばあれを見たい、あそこへ行きたいと言うのはあるけどね、でもそれだけが全てじゃあない。 この街のように、その場所が気に入ったらその雰囲気を味わってるだけでいい。 このローザンヌにだって郊外に行けば一杯、良いところがあるのは知ってはいるけど、今の僕はこうして街中や近場を歩き回ってるだけで十分に楽しい。 もっとも、これが晴天だったらどうだったか分からないけど。